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第2章 調査から得られた問題と課題

はじめに

 農作業事故の個別事故調査、つまりケーススタディは事故の要因を個別に明らかにする上で極めて重要な調査である。

 ある意味では、この調査があって初めて個別の事故対策が具体的に立てられると言っても過言ではない。
労働災害の現場では、このような調査が日常的に行われ、何万、何十万とも言えるケースが検討され、個々の作業における安全対策が講じられ、また法的な縛りを設け、違反者には罰則規定が適用される。
しかし、悲しいかな農作業事故については日本農業は基本的に個人労働・家族労働という事で、事故件数すら把握されておらず、まして個々のケースの検証は、ほとんど行われていない。


今回の「農作業事故の対面調査」、つまりケーススタディは、日本における初めての大規模な農作業事故のケーススタディと言える
もちろん、これまでも生研センター、各地の農業機械士会、日本農村医学会のメンバーなどが個別事例調査を繰り返し実施してきたが、組織的かつ全国的に、1年という短期間で同一のプロトコールに基づいた調査は初めてである。
今回収集された事例数は労災調査の万分の1にも達しないわずか153例と少ないものの、日本における農作業事故防止へ向けた小さな一歩社会的には大きな一歩の事業と言える。


 ところで、調査を通じて感じた事は、個々に事故に遭われた方々、受傷された方々の多くが、「自分の不注意であった」と述べられていた。
しかし、具体的な調査を通じて、その背景や現場の事故状況をつぶさに見聞きすると、日本の農業の置かれている厳しい現状が色濃く反映しており、農作業事故が個々の個人的責任問題ではかたづけられない問題を包含している事が明らかになってきた

 その意味で、今回の調査は、農作業事故が単なに個人的問題から、「農作業事故の社会化」を図る歴史的一歩の事業と言える。


 これら、個々に事故に遭われた方や受傷された方、亡くなった方のいのちの叫びを決して無駄にしない事が、調査に当たった我々の責務である。

 各地からの個々の詳細な事例報告書は、総ページは400ページを越えるものとなった。
本来は全てを掲載したいところであるが、紙数の関係で割愛せざるを得ない。

 そこで本報告書では、最初に全体を通じての問題と課題を示し、次いで農業機械、農業機械以外に別け、かつ機種毎、また類似的なものをまとめ事例を紹介しつつ課題を整理し紹介した。

 以下に今回の調査を通じての問題点と課題について述べる。事故の要因は、①環境、②物(農業機械・用手具、その他)、③人で構成される。
そこで、まずこれらの問題点につい述べる。
また④因子・要因間のミスマッチがなかったかについて述べる。
最期に⑤救出、救命における問題点について述べる。

【E.T.コメント⇒EnvironmentはStaticな問題、Dynamicな時系列的なContext-awareness、 の問題は?】

Ⅰ.環境

1.作業環境の改善なくして、事故はなくならない

 平成22年11月に盛岡で開催された日本農村医学会のサテライト研究会・農作業安全活動発表集会の演者の一人、木村和弘・前信州大学農学部教授の言葉である。

 つまり、日本の農地の多くが中山間地で占められている。
法面の斜度は40、50°は当たり前であり、さらにはほとんど絶壁と呼ばれるような法面も存在する。
滋賀からの報告では、ある地域では「全国棚田百選」に選ばれたのはいいのだが、その急傾斜の法面の草刈りは、地元地域の80歳、90歳の人たちの仕事となっている。
これでは、事故を起こすな、という方が無理というものであろう。
百選に選ぶだけではなく、百選を行政も含めて支援する仕組みを考えてもらいたいものである

(1)小段の設置で事故のリスクの軽減を -特に、草刈機事故対策として-

 現在、多くのところで、急傾斜で法面の長い場所では、中間に小段、つまり小さな階段を作って、足場を確保する努力がなされている。

 今回の調査でも、傾斜地で転倒し用水に転落し、踵骨骨折した人は、自ら材木を敷いて小段を設置されている事例があった。
また、富山のある農協では行政とも協力して、畦畔研究会を立ち上げて、小段の設置、法面を被覆する植物の貼り付けなどの事業を開始するという。

(2)法面の終わるところにも小段を

 ところで、小段は法面途中に設置するものであるが、小段は斜面の終わる場所にも必要である。


 事例の中に、片足を用水のコンクリートにかけ、片足は傾斜地にかけて草刈り中、コンクリートにかけていた足が滑りわずか30cmの深さの用水に足を落としアキレス腱を断裂した例があった。

 つまり、中間の傾斜地のみならず、傾斜が終わる場所にも小段の設置が必要である。
また、水量の多い深い用水がある場合は防護柵も必要である。

 用水の防護柵は、道路脇に作られる事が多い。
しかし、草刈りをする立場からは、用水に接した場所にこそ必要である。
富山では、用水の法面で草刈り中用水に転落し、溺死した事例がある。
防護柵があれば防げた事故である。

2.高齢者にやさしい農村づくりを

 街中では、「障害者や高齢者にやさしいまちづくり」が叫ばれ、点字ブロックの設置や車いすが移動しやすいように道路幅を広げ、いたる所にスロープなどの設置が進められている。

 ところで、今日の農村ではどうであろうか。
農業従事者に占める60歳以上の者の割合は現在、7割を超え、65歳以上でも6割を超えている。
つまり、現在の日本の農村で農作業をしているのは高齢者が中心、言い換えれば高齢者の職場となっている。
逆に高齢者を受け入れる事のできる産業とも言える。
であるなら、当然、働く者の中心である高齢者の働きやすい環境にするべきであろう。
つまり、「高齢者が農作業をするのに優しい農村づくり」の発想があってもいいのではないだろうか

 事例では、わずかな段差の用水を飛び越えようとしてつまずき、腰椎の圧迫骨折を起こした例があった。
もし、スロープがあれば当然防ぐ事が出来た事例である。
これからの農村設計において考慮していただきたい事項である。

*男坂と女坂がある愛宕山、農村にも女坂の発想を

 愛宕山は、講談 「寛永三馬術」の舞台でもある。

 「時は寛永三年、江戸三代将軍、家光公が愛宕山に咲く梅の花を見上げ、『誰かある。馬にて山上のあの梅一枝を手折って参れ』 との声に家臣一同、神社正面の急な石段を目前にたじろぐ中、四国丸亀藩の家臣、間垣平九郎が馬に乗って石段を駆け上がり愛宕神社境内の梅一枝を手折って駆け下り、献上し、家光公から日本一の馬術名人と讃えられた」という話。

 この平九郎が駆け上がった階段が男坂と呼ばれる。
が、この愛宕山には男坂の脇には緩やかな傾斜の階段、女坂が設けられている。
つまり、愛宕山は体力のある者しか寄せ付けないのではなく、体力の無いものでも上れる階段を設置しているのである。

 現在も農村の構造改善事業は行われているが、特に盛んに区画整理が行われていた時代には、「一粒でも多く米を生産する」事が至上命題であり、法面を急傾斜にして圃場面積を少しでも広くする設計が中心であった。
現在の米余り、転作を余儀なくされている時代においては、もっとゆったりした女坂、高齢者坂的発想が必要ではないだろうか。
その事が単に農村高齢者のみならず、都会の高齢者も受け入れる事が出来る環境が創出されるのではなかろうか。

福祉施設としての農村

 このようにこれほど多くの高齢者が日常的に働いている職場は農村以外にはない。
と、いう事はある意味で、農村は高齢者福祉施設、青空ディサービスセンターとも言える
あるなら、単なる農業・農村対策としての高齢者の農作業安全を確保する視点のみならず、高齢者福祉の推進という視点もいれ、福祉予算も視野に入れた農村環境整備も考えてもいいのではなかろうか。

3.危険が増す、風化・崩落した畦や農道

 農地の区画整理が終わり、時代が減るに従い道路や畦が風化したり土が崩れているところが、現在いたるところに見られる。

 畦などは区画整理直後には、畦の頂上部は水平であり歩きやすかったと考えられるが、年月の経過とともに崩れ、傾斜したものが多い。
事例ではこの傾斜した畦で農薬、肥料の散布中転倒し、足の打撲、捻挫などが発生している。
畦などは、改めて畦塗りで補修する事もできるが、必ずしも水平に補修されるとは限らない。

 また、道路脇の土が崩れ、道路との落差がわずか7cmできたため、トラクターの後輪が落ち、回転していたロータリに脚が巻き込まれ、ついには車いす生活を余儀なくされた事例があった。
もちろん、この事例ではブレーキロックがされていなかったり、ロータリーを回転させたまま駐車するなど安全使用の面で問題があったが、この道路の問題も軽視できない。

 これらの道路の補修などの必要な箇所は全国いたるところに発生している。
しかし、メンテナンスが当然必要であるとの事業計画はされておらず、わずかな予算をやりくりしての補修しかされず、放置された危険地帯が多数発生している。
これからは、作るだけでなく、補修を確実に実施できる事業計画を策定してもらいたいものである。

4.公道に関わる農作業事故

 今回調査したマニュアスプレッダー・堆肥運搬車の2事例とも交通事故であった。
1例は右折時に後方からきた乗用車が、マニュアを牽引していたトラクターに衝突、もう1例は夜間に後方から、同じく乗用車が追突した事例である。
1例目の場合後方から、右折の方向指示器が見えなかった可能性があり、もう1例は、後部反射板が堆肥で汚れ、乗用車側からは見えなかった可能性がある。

 トラクターがマニュアスプレッダー等を牽引する場合、後方からはトラクターがマニュアスプレッダーに隠れて角度によっては見えなくなる。
マニュアスプレッダー自身に方向指示器や尾灯が点灯する仕組みが組み込まれない限り、今後も同様の事故が発生する事が考えられる。
さらには、トラクターの動きが後方から分かるような回転灯の設置なども検討が必要である。


 同じ公道での事故では、管理車が除草剤散布のためアームを路肩に伸ばしていて、乗用車が引っかけた事例があった。
また、中山間地での農薬散布の後片付け中、カーブを曲がって急に出てきたバイクを避けようとして受傷した例もあった。

 現在、道路上での工事等では、誘導者がいたりして交通整理をしている。
もちろん、農作業者には、そこまでの余裕がない事が多いが、せめて、道路工事などで使用されるコーン(三角柱)などを置いくなどの対策が必要である。

Ⅱ.機械・用手具等

1.防護具

 事故を防ぎ、また外部からの衝撃を軽減する上で身なりや服装、防護具を着用することは重要である。
今回の事例で防護具の課題について以下に述べる。

(1)履き物

①滑りやすい水田長靴 新たな長靴の開発を

 事例の中で繰り返し出てきたのが、水田長靴である。この水田長靴を履いていて「滑って」の事故である。

 もともと、日本の水田での農作業は素足で田植えや草取りを行なっていた。
水田長靴は、素足を守る上で大変重宝な履き物である。
軽くて足を守る事ができる。
このような目的であるため、軽くするため靴底も厚くなく、滑り止めの刻みも浅く大変滑りやすい。


 ところが、現在は本来の目的以外に、水が関わる多くの場面で使用され、水田や用水などに足を入れる可能性のある所で頻繁に使われる。
例えば、トラクターでの代掻き、田植機による田植え、用水近くの草刈り等々である。

 しかし、農業機械との相性で言えば、農機の鉄板の上ではこの長靴では、余りにも滑りやすく、まして土がついて靴底の溝が埋まるとほとんど摩擦抵抗がなくなり、極端に滑りやすくなる。
また、鉄板だけでなく、傾斜面の作業においても着用されることが多いが、やはり土質や雨後など大変滑りやすくなる。

 このように考えると、水田長靴の軽いと言う特性を生かしつつ靴底をもう少し厚くし、溝を深くしたものが、現代的に求められており、業界で是非検討していただきたいものである。

②法面でのスパイクの着いた靴の着用について -多様なスパイクやスパイク靴の開発を-

 滑りやすい法面で、スパイクのついた靴は滑り留めとして有効である。
しかし、その法面の土質、草丈などにフッィトするものを探すのは大変である。

 草刈機を使用中、スパイクが長すぎると、草が絡みつき、作業中足をスムーズに移動する事ができない。
また、土質によってはスパイクの間に土が入り込み、スパイクの働きを失わせる。
と言うことで、スパイクは滑り留めとしては有効ではあるが、なかなか条件にフィットした物を探す事が難しい。
さまざまなスパイク靴などが身近に探す事ができる状況にして欲しいものである。

③安全靴は必要だが、重くて……

 牛に足を踏まれ骨折、トラクターの尾輪を足に落として打撲など、今回の事例でも安全靴を履いていれば防ぐ事が出来た事例が多数あった。

 しかし、現在市販されている安全靴は、重くて高齢者や女性にはかなり苦痛である。
北海道で牛に踏まれ足を骨折した女性はその後、安全靴を履いているとの事であった。
慣れると大丈夫、と言うことであろうか。

 現在、材料科学の世界では軽くて丈夫と言う素材が多数開発されている。
もう少し軽くて、強度のある安全靴が開発されないであろうか。

(2)ヘルメットの着用

 頭部を保護するためには、ヘルメットの着用が必要である。

 今回の事例で頭部外傷例は、7例であった。
さらに死亡例の2例については頭部外傷が有ったか不明であるが、ヘルメットの着用により衝撃を少なくし、重篤な症状を軽減する事ができた可能性がある。

 上記事例中2例は、牛舎における事例である。
ヘルメットを着用をする事で、牛がどのように反応するのであろうか。
「見慣れない人間が来たな」と牛にストレスを与え、攻撃的になる事はないのだろうか。

 なお、コンバインから降りる時足を踏み外して、縁石に頭部を打ち、現在も頭部に水がたまったりしている事例は、明らかにヘルメットを着用する事で、重篤化を防ぐ事が出来た事例である。
また、電動ノコで木っ端が飛んできたり、藁カッターのつまりを除いていて、いきいきなりカバーが外れ頭部を直撃した事例など、ヘルメット着用により防ぐ事ができた事例である。

 一般的に工事現場ではヘルメット着用は義務づけられているが、農作業現場ではまだまだ一般化していない。
面倒ではあるかも知れないが、身を守るため、ヘルメット着用が日常化し癖になるようにしたいものである。

(3)防護メガネ

 チップソーの回転刃の草刈機では、チップソーが刃から剥がれ飛ぶことが往々にしてある。
生研センターによると安い物は剥がれやすいとの事である。

 事例では、30分くらいの草刈りだから、いつもは必ずしている防護メガネをせず、チップが目に飛び込み、あわや失明、との事例があった。

 ところで、これまで多くの地域で実施してきた使用者のアンケート調査によると、回転刃使用時の防護メガネの着用率は極めて低い。
例えば長野県の佐久浅間農協で実施したアンケート調査では、回転刃を使用する者350人中、必ず防護メガネをする者はわずか12.6%に過ぎなかった。
防護メガネの着用をもっと徹底する事が必要である。

 だだ、現在の防護メガネや防護具が必ずしも、使用者に快適なものであるとも言えない。
顔面を締め付けてきつかったり、防護具に土や飛び散った草が付着して前が見えない等の問題もある。
また夏の暑い時季での装着はかなり身体的負荷が多い。
今後、さらに快適な防護メガネ等の開発が望まれる。


 草刈機事例でも述べたとおり、防護が大切であることは分かるが、「防護をすると疲れる、作業がしづらく逆に危険」から、「防護が楽しい、安心できるのでいつまでも草刈りを続けたい」と思えるような防護装備を開発し、かつ身近な販売店などで紹介してほしいものである。

2.機械の課題

(1)草刈機

 事故が最も多いのは、草刈機である。
現在、草刈機は動力遮断装置、緊急離脱装置、刈刃カバー、保護めがね、飛散物防護カバー、刈刃強度、エンジン停止スイッチなどの項目において安全鑑定が行われている。

 これらの項目はそれぞれ重要な項目であり、今後も対策が進められる事が望まれる。

①エンジンの停止は確実に、起動も簡単に

 ところで、今回の調査事例19例中で、本来エンジンを止めるべき時に「エンジンを止めずに」起こった事例は5例(1例は防護メガネの項に含む)あった。

 事例の中に夏、50~60°の傾斜地でかつ法面が10mの中間地点でエンジンを停止せず、スロットルレバーでエンジン回転を落とし、汗をぬぐおうとして、防護メガネを取った時、目に異物(おそらくチップソーの破片)が飛び込んだ事例があった。

この時、エンジンを確実に切ればいいのだが、急斜面でエンジンを再起動するのは、逆に転落などの危険がつきまとう

 惰性回転を確実に止める機構、あるいはエンジンの再起動がセルモーターなどで草刈機を担いだ後に簡単にできるものであれば、このような事故は防ぐ事ができるのではなかろうか。
セルモーター式のものは現在、「無駄」な機構として環境に優しくないとの理由で、現在1機種を除いて販売されていないという。
農作業安全の立場から再考していただきたい項目である。

②防護、耳栓も

 草刈機による聴力損失は、事故としては上がってこない事例である。
しかし、草刈機や
動散など小型エンジンでは、4000Hzの聴力損失を起こしやすい周波数の音が大きい。

 これまで多くの地域におけるアンケート調査では、耳栓の着用率は1%にもおよばない。
是非、安全教育の中で推進してもらいたい項目である。

(2)事例で上がった各種農機の課題

①コンバイン

 今回の事例で多かったのは、コンバインの籾排出の確認などで、指が巻き込まれ、最悪切断をした事例である。
もし素材などでいいものがあれば、透明なカバーで外部からスクリューが回転を視認できる構造にできないだうか。

②トラクター

 これまでも、繰り返し述べられているが、ブレーキの機構が各社で異なる
ブレーキのみならず、操作方法がそれぞれ異なり、極端な場合は逆であったりして、思い違いを誘発している
最低、安全に関わるブレーキの機構だけでも統一できないものであろうか。

 事例でも借用した機械のブレーキ構造が、自分がいつも使っている構造と異なり思い違いを誘発し、川に転落した事例があった。

③ステップの構造

 トラクターやコンバインの大型化で、ステップの位置が上がり、昇降が大変きつくなってきている。
もちろん、1段、2段のステップはついているが、必ずしも適切な位置にあるものばかりではなく、足がかけにくく、踏み外しを誘発するような構造のものもある。

 また、トラクターなどの宿命とも言えるが、後輪のタイヤカバーが運転席に大きく食い込んでいるので、アクセルやブレーキペタルとタイヤカバーの幅が狭く、昇降時には足下に余裕のある空間が無いので、足下を確認して降りようとすると、つい前向きとなり転倒などの事故を誘発している。
乗用車なみの空間が確保できれば、解決できるのだが、技術的に無理な事であろうか。

④不安全機械、改造機械の安全性の確保

 フルーツワーカー、いわゆるリフト車の事例では、リフトの昇降を支える金属が購入してまだ2年しか経っていないのに、破損して、突然リフト台が落ちた事故があった。
使用頻度もそれほど多くなかった。
我々の調査時には、本来一体物として作られるべき支えの金属が、溶接で作られていた。
使用者は事故後、メーカーに事故状況を説明したとの事であるが、メーカーからの明確な回答なかったとの事である。

 北海道の青年の足を断裂したワンマンハーベスターでの事故は、機種が第1世代から第2世代の設計時に第1世代にない構造として、牧草が残りやすくなり、キャリア(トレーラー)の中に入って起こった事故である。
お父さんがメーカーに事情を報告した後、次いで販売された第3世代のハーベスターは、問題の箇所は第1世代の問題のない構造に変更されていた。
この間メーカーからの事情説明や見舞いも全く無かったとの事である。

 以上の例は、アメリカなどの訴訟社会では、当然PL法の関係で多額の賠償金が支払われる可能性のある事例であるが、日本社会では不問にされてしまったのであろうか。
日本では個人が訴訟を起こすことはかなりのエネルギーを要する事であり、組織が支援する仕組みも考える必要があるのではないかと考えられた。

 自己改造や自ら施設整備をしての事故事例があった。
1例は大豆脱粒機を改造して運搬車とし、畝越え中反動で空中に放り上げられた事例、もう1例は、乾燥施設内に自ら設置したオーガーのスイッチボックスの位置が、手に触れやすい場所に設置し手を巻き込んだ事例である。
これら、自ら改造したり設置した装置などの安全性をいかに担保すればいいのか、特に篤農家や少々知識のある人であれば、自ら工夫して新たなものを生み出すのであるが、その安全性については、例えば農機の安全担当者に確認してもらう仕組みなどがあってもいいのではないかと考えられた。

⑤燃料タンクの位置

 田植機の燃料タンクに燃料を給油する際、足場が小さくつまずいて転倒する事例があつた。
この問題は何も田植機に限らない。
農業機械の格納庫などには電動給油装置等が設置されている事が多いが、小規模の個人の農業機械への給油は、ドラム缶の軽油などを一端容器に入れ、それを機械に給油する事が多い。
その場合、機械の燃料タンクの位置によっては、給油口が機械の上部にあり、燃料の入った容器を持ち上げ、かつ足場の悪いところで不安定な姿勢で給油をせざるを得ない。
この給油口の位置が低い位置にあれば、不安定で転倒の危険に晒されることがない。

 構造的な問題があると思われるが、関係者に検討していただきたい課題である。
なお、当面の危険回避としては、容器に燃料を多くいれず、頻回に給油をすることぐらいであろうか。

3.用具・手具の課題

 用具・手具の事故で最も多くかつ重大事故となるのは、脚立・三脚、はしごである。

(1)脚立事故の事故様態

 今回の調査で、農作業現場での脚立事故様態の一部が見えてきた。

 1点目は、開脚防止用のチェーン等をせずに、脚立の脚を広げたり、逆に狭めたりして、脚立に乗り、脚立の足が突然開き、落下した事例が、11例中4例あった。

 現場では、脚を大きく広げて使う事もたびたびである。
このような場合、庭師さん達の中には、届かないチェーンに紐などを結び長さを延長して開脚防止をしている事例もある。
大いに参考にし、普及する事が必要である。


 2点目は、脚立の上での作業で「不安定」さが原因での事故ある。
野外では当然、フラットな平面を期待出来ず、脚の設置が不安定となる。
もちろん3本脚の脚立などはある程度問題を吸収してはくれるが、必ずしも全ての現場で対応できる訳ではない。
この不安定さを解決するような補助脚や補助グッズの開発を是非してもらいたいものである。
一部、安定性を確保するようなものも出てはいるが、農作業現場は多様である。
さまざまな場面に対応出来る、軽くて作業性が損なわれないようなものをもっと多く工夫してもらいたいものである。

(2)脚立の科学、はしごの科学の研究を

 ところで、前項での脚立の不安定性であるが、どのような状態でどのような不安定性を増すのであろうか。
また、どのような補助具で不安定性を劇的に解消できるのであろうか。

 インターネットで「はしご 科学」とキーワードを入れると、消防自動車のはしご車の研究がずらりと出てきた。
どうも、日常的に使われている脚立やはしごが科学されていないようである。
農業機械では、生研センター等が様々な安全性を含めての研究がされているが、残念ながら用具・手具の科学的研究機関が無いようである

 富山県における事故調査では、この10年間で87人が農作業事故で亡くなっているが最も多かったのは、はしごの8人、次いで耕耘機の7人、トラクターの6人と続く。
とにかくはしごの不安定性や事故防止策にもっと思いをおよぼす必要がある。

 また、事例の中では4つ脚の脚立を伸ばしてはしごとして使っていたが、かけ方が裏表反対にかけてしまい、乗っていて突然つぶれた事例があった。
「なんて馬鹿なかけかたをしたんだ」とも言えるが、裏表反対がすぐに分かるようにする事、例えば脚立の裏面は赤色、表面には青の色を塗り、視覚支援をすることで防げたのではないだろうか。

 また、乾燥機の整備、解体などで取り付けられていたはしごを利用し、はしご上部が必ずしもフックでかけていなくて、滑り、転落したなどの事故も起こっている。

 いずれにしても、はしごはすでに縄文遺跡からも発掘されている。
しかし、原始形態の原型のまま科学されずに、現代社会の多様な場面で危険に晒されながら使用されている。

Ⅲ.人間

 環境や機械等が整備される事で、事故発生の多くの原因を取り除く事ができる。
しかし、現実には、購入して40年以上も経過したトラクターが安全性に問題があるとしても現役の機械として稼働していたり、40年以上前の規格の道路等が存在し、現在の大型機械に適合しない環境下での農作業をせざるを得ないのが、今の日本の農業の現状である。

 とすると、さまざまな課題のある環境や機械である事を正しく認識して、人間側が使用手順や使用方法を考えながら作業せざるを得ない。

1.焦りを生む構造業種の農業

 農業は生き物相手の産業である。
耕起、播種、施肥、農薬散布、収穫などどれをとっても、時期が早すぎてもダメ、遅すぎてもダメなのである。
という事で、計画的に作業計画を立てたとしても、作物の生育速度や気象条件により、作業が集中し、短時間に終了せざるを得ない。
「余裕ある」計画を立てても、作物の生長に追われ、常にせき立てられる状況下に置かれる。
その意味で、農作業は焦りを生む構造業種と言える
さらに、日本の多くが兼業農家であり、週末や休み中に農作業が集中し、焦りにさらに拍車をかける。

 とにかく、日本の産業の中で最も「焦り」を生み出す業種である事を認識し、であるからこそ、他産業以上に大量の安全知識が必要となる業種でもある

 事例の中では、40年間勤務先では安全管理を担当をしており、職場での事故を皆無としてきた者が、自宅の農作業では繰り返し事故を起こしていた例があった。
農作業安全管理知識が無いと言えば無いが、そこまで「気を回す余裕がない」のが現実でもあろう。
しかし、事故を起こして失う時間の事を思えば、今一歩、「急がば回れ」で安全管理に配慮したいものである。

2.安全管理に未成熟な組織をどう育てるか

 事例の中では、営農組織等で作業をしていて、事故を起こした事例も少なくない。

 農林水産大臣賞をもらった事のある富山県のある営農組織の稲刈りは見事である。
各水田の区画は整形田ばかりではなく、長細く変形している田等多様である。
しかし、それらの田んぼの隅刈りの株数も最小限、進入するコンバインの動きも全く無駄がなく隙がない。
聞くと、作業前に1枚1枚の刈り取り方法や危険状態等を徹底的に話し合うとの事である
結局、事故を起こしたり無理をして失敗などして修理等に費やす時間や費用の事を思うと、話し合いの時間は作業を安全かつ効率良く進める秘訣との事である。

 組織的な安全管理は、労災予防の現場では日常的に行われている事であり、大いに参考とすべきである。

 ただ、組織はあるがまだまだ緩い結びつき、または未組織の農業者が圧倒的に存在する現実をどう変えるか、これからの課題である。

3.事例から見えてきた課題

(1)コミュニケーション

①相方がいる場合のコミュニケーション

 一緒に仕事をしていて、コミュニケーションが取られずに起こった事故があった。

 例えば、杭を打っていて、終わったと思っていたら、相方が「もう一丁」と思ってカケヤを振り下ろし、杭を持っていた人の手を砕いた例、軽トラの上でフレコンの荷下ろしが終わり、荷台から降りようとした時まだ降りきっていない時に、運転手が車を発進させ、荷台から投げ出され、頭部を打ちつけた例など、相方との連係や声かけがなく起こった事例等があった。

 介護の現場では、車いすを押す場合でも、「押しますよう」と一端声をかけて押す、さらには声だけでなく、相手によっては、肩をたたいて合図を送ってから、車いすを押すことが当然のごとく基礎研修で教育されている。

 とにかく、相方がいたり何人かで作業をしている場合は、次の動作が相手に予測されない場合に限らず、予測される場合でも、次の動作をする場合かならず「……しますよう」と相手に伝える、基本的コミュニケーションが必要である。

②貸し借りした機械のコミュニケーション

 農機の貸し借りや、他人が使った後に自分が使用する時のコミュニケーションも重要である。

 事例では借りたトラクターの駐車ブレーキが、自分の使っているトラクターと逆方向であり、坂道でブレーキをかけたつもりがかかっておらず、坂道を下りトラクターが川に転落した事例があった。
また、レンタルでかりたダンプのアオリのフックがはずれ、アオリが落下し、足を骨折した事例があった。
同じダンプをレンタルして4年目であり、「まさか」の事故である。
また、借りたトラクターのエンジンをかけた途端、フロントローダーが急上昇し前面の窓を突き破った例などがあった。

 このように、同じトラクターであっても、「自分はトラクターを運転できるから大丈夫」ではなく、とにかく、相手が「分かっている思っていても必ずやり方の伝達」、つまりコミュニケーションが重要である。

 また、慣れたレンタル会社や他人から農機を借りる時、その間、他人が使用しており最期の状態がどのようになっているか確認が必要である。
それぞれの使用者の癖や、最期の整備がされないまま、受け渡しされる可能性もある。
双方とも、機械を前にして、お互いにチェックする、確認をする行為、コミュニケーションが必要である。

 事例では、トラクターに新たにアタッチメントを取り付けてもらい、その操作をしていて突然バネがはじけ顔面に激突した例があった。
ついつい元のトラクターの使用法を熟知していたために、新しいアタッチメントの使用法について、設置した業者も使用者も、お互いに「分かるだろう」との思い込みがあった。機械は常に変更を加えたりする可能性がある、必ず、受け渡しのコミュニケーションが必要である。

 さらに、秋作業前にコンバインの点検を業者にしてもらったが、整備士がスクリューのカバーをするのを忘れ、その部分に指を取られ、4本の指が皮一枚で繋がっていた、との例があった。
この場合も、やはり整備が終了した時点で、どの部分とどの部分をどのように整備したかの確認、伝達、コミュニケーションが必要と考えられる事例である。

③「ちょっとの間」であっても危険は「ちょっと」ではない

 中山間地においてトラクターで1枚の田起こしをし、すぐ隣りの田まで10数メートル、のぼり坂を移動する際、いつもは必ずしているブレーキの連結ロックや通常、坂道移動時には作業機を降ろして尾輪を道に着けて移動するのに、「すぐそこ」と思い、連結ロックをせず、作業機を上げ不安定な状態で移動し、3m下の川にトラクターと共に転落した事例があった。

 また、夕方30分だけ草刈をと思い、いつもは必ずしている防護メガネを、「ちょっとの間だから」と思い、着用せずに、作業開始数分でチップソーが目に飛び込み、あわや失明という事例もあった。

 これらいずれの事例も、日常的に確実に安全行動をしている人でも、「ちょっと」の時間や距離と思い、安全行動を取らず起こった事故である。
このように、「ほんのちょっとの時間、距離であっても、危険はいつものとおり常在している」のである。

(2)「大丈夫」は危険のサイン

①「今まで大丈夫だったから」は、「今回もこれからも安全」を保証していない

 「危ないかも知れないけれど、今まで大丈夫だったから」と同様の行動をして起こった事故がある。

 杭を縛ったロープを持ち、片手ハンドルでトラクターを運転中、杭が運転席に落ち、その杭を拾おうとして、用水にトラクターと共に転落した事例があった。
この人は以前からスコップなどを片手に持って、トラクターの片手ハンドルを行なっていた。
不安全行動と分かっていながら、「今まで大丈夫だったから」と思い、同様の状態で事故を起こした事例である。

 このような事例は枚挙にいとまがない。
不安全行動と分かっていながら行う行動は、逆にいつかは必ず痛い目に遭うという警告でもある。
また、「痛い目に遭わないと分からない」、という事だろうが、その痛い目は身体的、精神的にも多大な犠牲を払う事を意味する。

②大丈夫「だろう」は、事故発生の危険信号

 多くの事例で、「大丈夫だろうと思った」との感想をもらす人が多かった。
「大丈夫だろう」と思うという事は、言い換えれば「危険かも知れないけれど、何とかなるだろう」
と思った、という事である。つまり、危険を予知しながら、無理をした、という事である。

 つまり「大丈夫だろう」と思った瞬間が、危険への注意信号である
もちろん、多くの日常生活で、この「大丈夫だろう」と思い、事故に遭った回数よりも圧倒的に大丈夫であった回数が多かった事は間違いない。

 しかし、農作業現場では、ほとんどの状況が初めての作業条件であると言っても過言ではない
同じ収穫作業であっても、圃場のさまざまな条件、また体調、機械の調子など、個々の因子は、過去と同じ状況かもしれないが、それぞれの因子が組み合わさった条件は、ほとんど初めての条件の組み合わせと言っても過言ではない。

 という事で、「大丈夫だろう」と思った時は、改めて、「これで、いいのだろうか」の安全確認が必要、と言える。

(3)プロの世界と兼業アマチュアの世界の農業

 チェーンソーや電動工具、フォークリフトなどには、林業労働者などプロの世界での研修が繰り返し行われている。

 林業労働者ではチェーンソーの使い方や木の伐採の仕方の研修は繰り返し行われている。
しかし、農業をしながらチェーンソーを使う場合は、ほとんど研修を受ける機会がない。
チェーンソーはホームセンターでも販売されているが、ホームセンターで使用法や注意事項を研修する事はない。
農作業では、果樹の伐採や枝きり等々多くの場面で使用される。
是非、組織的に研修する場を関係機関で設けてもらいたいものである

 その他、フォークリフトなども例え免許を持っていても、改めて作業現場での研修をしてもらいたいものである。
電動ノコや電動カンナでも、中小企業関連の業界で研修会が開かれているが、農業者が日常的に受講できる機会は多くない。
基本的知識や研修を受けるだけで、かなりの事故防止が可能な分野であり、是非、身近な研修会を実現してもらいたいものである

Ⅳ.ミスマッチ ---19
1.大型化する機械、以前のままの施設や道路
2.高齢者と環境、機械のミスマッチ

Ⅴ.救命・治療に関わる課題 ---20
1.緊急連絡課題 -携帯電話の携帯は必須-
2.農作業事故には救急車の出動が多い
3.緊急時に役立つ農地マップの作成、共有
4.休日に多く発生する事故、休日医療の充実が課題
5.ロータリーの刃は抜かずに持参
6.切断した指は氷で冷やして、水に漬けないように持参
7.転院、転送が多い農作業事故 -第1線の救急隊員の的確な判断が重
8.救出方法の課題、農機担当者との連係を
9.血液サラサラ薬の服用、RH-の血液などの問題
10.高齢者の骨粗鬆症
11.止血などの救急処置を学ぶ
12.保険の利用は当然の権利
13.その他