佐久総合病院のたまもの

佐久穂町在住 遠藤隆也

HI総合デザイナー


住民・患者の立場から、佐久総合病院の諸活動体験流に感謝しつつ (講演資料PDF



(目次)

1.はじめに:電車や畑の中でのお話し、そして病院祭で

2.住民・患者の思い:何かお役に立てることは?

3.小さな気づき:総合的な諸活動・体験流の深さ

4.参考と思われる動向の例:体験、経験経済、Web2.0との対比

5.諸活動・体験流の再構築:活動/体験のデザインとマネジメントの重要性

6.佐久総合病院のたまもの:「分けることから始まった近代化」の脱構築

7.むすび:I ターンしてきて良かったー!この環境に感謝

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【付録】地域における新たな普及啓発方法の開発に関する研究





1.はじめに: 電車や畑の中でのお話し、そして病院祭で

この地に来て、およそ4年半になります。この地のどこに行っても、何気ない会話の中に、佐久総合病院のことを耳にします。そして、病院際では、その諸活動の幅広さ・深さに驚かされます。そして、佐久総合病院の「総合」の意味は、当然としての「総合病院」であると共に、(南)佐久地域の人々の諸活動の「底流を流れる総合」であるような感じを受けるようになってまいりました。



2.住民・患者の思い: 何かお役に立てることは?

若月さん、松島さん、清水さんをはじめ、皆さんのお陰で、こんなにも豊かな環境で生活できていることへの一住民・患者としての感謝の気持ちをどう表せばいいのか、という気持ちでいたときに、北澤さんが、佐久穂町の「茂来館」で、「医療崩壊はここまで来ている - 佐久地域も例外ではない -」というお話を熱く語られました。お話の最後に、「何とか現状の医療崩壊を皆で食い止め、安心して暮せる地域であり続けられるように皆様のご協力をお願い致します。」と訴えかけられました。そこで、私たち住民・患者の立場から、「みんなで明日の地域医療を創る」ために、何か少しでもお役に立てることはないか、と考えて、「メディカル佐久情報ネット」 http://www.msakunet.info/  というものを、まず立ち上げてみました。そして、「たらの芽会」で、北澤さんから研究会のことを教えて頂き、この佐久総合病院の研究会に参加しました。



研究会では、5月:「日本の医療の構造的問題」、6月:「住民主体の健康管理活動 ~八千穂を中心に~」、7月:「メディコポリス構想の実現に向けて --- 南佐久南部地域での実践 ---」、8月:「佐久地域の現状課題 --- 産業・経済を中心に ---」、9月:「メディコポリス(医療・福祉都市)構想は、ジリ貧の製造業を補完できるか?」について学びました。この中で、地域における1次産業、2次産業、3次産業、(6次産業)などの議論のように、経済的価値に換算して、根拠をもとめていくことの必要性の議論があることも知りました。そして、研究会の中で、これまでの佐久総合病院の諸活動とその体験の深さに、あらためて深い感銘を受けました。 




3.小さな気づき:  総合的な諸活動・体験流の深さ:

以前に、ハイエクに学んだことで最も印象に残っていることは、「人は教えられたように、ものごとを見る、ものごとが在る、と思っている」という話を聞いたことがあります。そこで、研究会で議論されていた、1次産業、2次産業、3次産業、(6次産業)などで捉えようとする見方、医療従事者数、売上規模、経済効果などで捉ええようとする見方について、少し再考してみることにしました。これまで、およそ30年、「小さな気づき」を大切に、という活動;「自分のまわりの現実、直接経験、事象そのものを観察してみよう、自分自身で考えてみよう、また、オリジンにふれてみよう、そして、自分自身を振り返ってみよう」という活動を、主として企業活動・学会活動・ビジネスの世界を中心に、おこなってまいりました。

(佐久総合病院の諸活動・体験流に醸し出された地、地域医療・農村医学のオリジンンの地である)南佐久にあこがれて、I ターン(アイ・ターン)をして、この地に来て、およそ4年半。この地でも、この「小さな気づき」の活動を少しずつ試みてみることにしました。そして、住民の方々、佐久総合病院の方々の諸活動・体験流の深さ・豊かさをあらためて実感させて頂き、I ターンしてきて、本当に良かったなー、と。そして、この佐久総合病院の総合的な諸活動・体験流にこそ価値があると確信するようになってきました。でも、それを、やはり、経済効果などで説明しないと納得されない方々もおられるとすると、どうすればいいのかなー? 

 



4.参考と思われる動向の例: 体験、経験経済、Web2.0との対比:

そこで、別の世界の動向になぞらえて、佐久総合病院の諸活動・体験流を再解釈してみようと思いました。

コモディティ化してきている(みんなが同じようなものを作れ、同じようなサービスができるようになってきている)産業・サービス業の最近のイノベーション活動・ビジネス動向の中に、以下のような話題があります。ひとつのキーワードは「製品・機能・性能」から「サービス(QoSQuality of Service)」へ、そして「体験・経験(QoEQuality of Experience)」、「経験経済」へという動き、もうひとつのキーワードは、インターネットの世界での「Web2.0」という言葉であらわされる最近の動向です。企業の諸活動・体験流を総合的にデザインし、Web2.0の動きを実践することにより、1兆円規模の企業が生まれています。







これらの経験経済やWeb2.0の動向の図の中に、佐久総合病院の諸活動・体験流を対比させて図式で説明してみました。対比させてみてみると、若月さん、松島さん、清水さんをはじめ、佐久総合病院の皆さんが、これまでおこなわれてきた諸活動・体験流は、まさに、この時代の流れを、50年も前から、「農民とともに」、先取りされていたことが見えてきました。しかも、上述の(企業のイノベーション活動・経済活動にみられる)動きの中には、地域、住民、健康、文化...などの総合的な経験経済の視点は、まだまだ陽には現れてきていません。そして、佐久総合病院の諸活動・体験流は、「生きる」、「生き生きとくらす」ということが底流を流れています。このような考えも、まだ上述の動きの中には少ないと思われます。どうしても、経済的視点での説明が必要な場合には、今回の「佐久総合病院の再構築」に合わせて、例えば、「現在言われている経験経済」を超えた、「地域社会・地域住民のための新しい経験経済の創出」活動である、ということもできるような気がしてまいりました。現在進めておられる「再構築」活動は、およそ半世紀前に進められてきた諸活動・体験流の、21世紀のルネッサンスのような感じもしてきております。

 






5.諸活動・体験流の再構築: 活動/体験のデザインとマネジメントの重要性:

上述のように捉えてみた上で、すでに進めておられる「再構築」活動の方法論自体にも、何かお役に立てることはないか、少し考えてみました。「あの人物だったから、あの場所だったから、あの時代だったから、できたのだ」ということではなく、ちょっとだけ抽象化した知識、ちょっとだけ一般的な概念を使って、直接の当事者でない人にも理解できるようにし、ちょっとだけ違った視点・方法論を使って、次代の活動の深化に生かしていく方法はないものか? あるローカルな場所、時代から発信された活動実践の知識を、他のローカルな場所、時代に伝播(インターローカリティ化)できるようにし、今後の活動実践の参考になるように、主体、対象・結果、道具(ツール)、集合体、分業、ルール・規範の構造からなる活動理論に基づく表記法を使って表現してみました。そうしてみると、今回の「再構築」も、実はこのインターローカリティ的視点が大切な気がしてきました。すなわち、今回の「再構築」では、場所も拡張され、時代も変わっています。今後は、例えば、外的コンテクスト(Social Context)と内的コンテクストを考慮しながら、「再構築」における諸活動・体験流のダイナミックな構造を立体的に再表現し、その諸活動・体験流を再デザインし、その持続的な総合的マネジメントのメソドロジー(方法論)を熟考・共有・実行していくことが肝要であると思われました。

 


6.佐久総合病院のたまもの:「分けることから始まった近代化」の脱構築:

行政と住民、行政と医療、病院と地域、医者と患者、医者と農民、医師と助産師、先生と生徒、理系と文系、学と現場、産と消、….心と身体、……などなど「分けることから始まった近代化」が様々な問題を生み出しているようにも見受けられます。ハイエクは、「適切な社会秩序という問題はこんにち、経済学、法律学、政治学、社会学、および倫理学といった様々な角度から研究されているが、この問題は全体として捉えた場合にのみ、うまくアプローチできる問題である」、また、「ハイエクにとって、主要問題は、どんな人もその一部しか把握できないある複雑な環境の中で、どう行動するかを知ることである」と言われています。

私は、佐久総合病院の諸活動・体験流から、心と身体の安全・安心に加えて、表層的な近代化が忘れていた、全体として捉えた地域における総合的な生き生きとした生き方を、たまものとして頂きました。

 



7.むすび:  I ターンしてきて良かったー! この環境に感謝

私は今、この地に、この環境に、Iターンしてきて、本当に良かったー! と実感しています。それは、安全・安心の気持ちだけではなく、何か、人として忘れていた何かを感じさせてくれるからです。その何かが、「佐久総合病院のたまもの」のような気がします。

建物の再構築、内面の再構築、経験価値の再構築、...そして私たち住民・患者の内面の再構築、...が求められているような気がします。前回の研究会までの皆さんのご意見の中に、人間ドック、体験ツアー、自然環境を生かす、森林浴、食の安全・安心、地産地消、食育、健康、福祉、地域活動、文化活動、そしてこれらのネットワーク化….などなどのアイディアがたくさん出されていました。これらのバリューチェーン(価値の連鎖)の再構築のキーが佐久総合病院の諸活動、体験流からの学びの中に内在していると思われます。そして、これまでの検討に加えて、「再構築」の諸活動・体験流のデザインとその総合的なマネジメントのあたらしい道具(ツール)として、最近のICT(情報コミュニケーション技術)の利活用を考えていくことも必要だと感じました。(詳細は、http://www.msakunet.info/kousei.html  をご参照下さい。)

 松島さんが、以前に、佐久穂町の健康活動に関連して言われていた、「旧佐久町が旧八千穂村のようになるには30年はかかるよ」との一言は意味が深いと思われました。差異とは、「持続」であるとも言われています。今までの諸活動・体験流が今の若手の地域医療の方々にも持続させていることのすばらしさには感心します。「21世紀を生きる」、それは、この地の再構築に接しながら、住民・患者として少しでもお役に立てることだと思います。ひとりの住民・患者として、今後、少しでも何かのお役に立てれば幸いです。


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【ご参考: 以前に分担研究員として従事した『厚生労働省の健康科学総合研究事業:地域における新たな普及啓発方法の開発に関する研究』の概要を、如何に示します。】

 






《ご意見・発言》

 

報告の後に、以下のような多くの貴重なご意見を頂きました。ありがとうございました。

 

Q1)旧佐久町が旧八千穂村のようになるには30年はかかるよ、というのはどうか?

 

A1)昨日、佐久穂町で恒例の「福祉と健康のつどい」が開かれ、たくさんの方があつまられました。元々八千穂での活動が合併後も引き継がれたもので、まだ八千穂の方の企画・参加が主であるように見受けられました。例えば、その中で町民(以前は村民)みんなが楽しみにされている演劇(今年の演題は)「きずな」が披露されました。健康づくり員や健康推進員、それに佐久総合病院の保健師さんなど33名が、夜遅くまで20回にわたる練習を重ねて演じられたもので、感動を与える素晴らしいものでした。住民の方々全員の意識が変わって、みんなが企画・参加してくる活動になってくるまでには相当の時間がかかるような気がしました。

 

Q2)東京でも、各地区で住民参加の同様の取り組みが当たり前のようにやられているが?

 

A2)同様なことは各地で行われているとおもわれますが、濃さが少し違う感じがしました。例えば、1000万人の都会で例えると、およそ100万人の方が健康福祉活動のつどいに企画・参加したことに相当します。

 

Q3)東京では、軽い病気は近くの病院、重い病気は、大きな基幹医療病院にいくことが当たり前のようになっているのに、どうして佐久病院が基幹医療センターをつくるのに反対するのか、わからない?

 

A3)そのとおり、基幹医療センターも必要だと思います。

 

Q4)若月さんの「大衆論」を読まれたか? 大衆に対して、打算的であるとかと、厳しいが?

 

A4)読んでいません。ただ、Web2.0の「集合知」のお話のように、私は、最近の衆、現場の普通の人の知は、表層的に見える現在の底流を流れるものを生み出していると感じています。

 

Q5)この病院に新しくきた。病院の収入は医療費。QoEをどうやって生かしていくか。先端医療と分かれていかざるをえない。諏訪日赤は赤字を3年で黒字病院に転換。この病院も変わっていかなければならない。

 

A5)そのとおりだと思います。そこで図に示したように、より科学的マインドをもった先端医療センターと、科学的・社会文化的・歴史的・エコロジカルシステムである総合的なマインドをもった地域医療センターの諸活動・体験流のデザインと総合的なマネジメントの方法論を開拓していくことが肝要だと思いました。

 

Q6)八千穂も完全ではなく、問題もある。ソーシャルキャピタルは「共働力」とも訳され、それには垂直型と水平型がある。普通は、上下の垂直型であるが、八千穂では、住民、役場、医者が一緒になって、水平型にできた。健康のつどいの劇もみんなが協力してやっており、町長が役者になったこともある。旧佐久町ではまだできていないが、段々とやっている。佐久市ではまだ難しい。健康を守ることを軸に、まず内部結束ができていくとよい。都会では難しい。あわててやってもできない。30年はかかるのではないか。「うどん会事件」というのは、検診車で地域にいって健診するが、勤めている人が来るのは遅くなる。地域の人がうどんを作ってくれて、それを食べながら反省会をしていたが、遅くなって困るのでやめたいと言ったら若月先生が怒った。

 

Q7)全国厚生連の機関誌をつくっていた。医療生協の話もある。要は「参加」がキー。集合した力。最近、その参加が薄まってきている。八千穂のすごさは、参加があることである。

 

Q8)八千穂の活動が変わってきたきっかけは、衛生指導員が検診率にこだわり、狭い視野になっていたときに、松川町での集まりにいってきて、検診率だけではなく、何でも自分たちの関心のあることについて(例えば、お酒をうまく飲むにはなども)自由に話し合う学習会をもつことで変わってきた。それと、女性の推進委員ができたことで変わった。それまでは、男性はこれこれ、女性はこれこれ、などと分かれていた。学習会をしながら、いい関係ができてきた。そして、自分達のためだけではなく、地域のためと、ひとつのことを共有していく過程、平等、民主的活動が生まれていった。佐久町と八千穂村は合併してよかった。佐久町にもいい人がいる。5年位かかるかも知れないが。これまでなぜうまくいっていたか。それは、予算があること、サポートする関係者がおり連絡会(健康指導員、佐久病院、千曲病院、学校、役場などなど)があり、情報交換がサポートされていたからである。これからが心配である。これまでは、検診というツールがあった。これからは、データとして検診以外のことも考えていかないとならない。

 

A8)そこらをサポートするための情報コミュニケーション技術を、利活用いくことも必要だと思います。

 

Q9)最近の状況として、特定健診の事業主体は保険者となっており、地域の枠組みがくずれてきている。佐久市の目標は51%であるが、現状では20%を切っている。これは全国的な傾向である。厚生連の中でも、お金にならないのでやめてしまえという声も聞かれる。単年度の収支は苦しいが、地域づくりに貢献していくとの、改めて初心に立ち戻ってやっていくことが大事だと思っている。高度医療センターであればこそ、地域の方々の理解がより一層必要だと思っている。

 

Q10)一昨日の臼田での説明会では、反対の方々がいた。高度医療センターには3年はかかる。その後に地域医療センターに3~4年、すなわち7年はかかる。これからの臼田の町づくりをぜひ一緒にやらせてもらいたいとお願いした。